MITOLABO

複雑系運動学・量子生物学を主に研究。リハビリやスポーツ競技者のパフォーマンス向上へ応用実践しています。くるみ鍼灸治療院

11)不可制御自由度

■脳と身体のダイナミクス
11)不可制御自由度


 歩行モデルにおいて理論的に無視できない単純化があります。それは、足部のセグメントを省略し足関節は地面との接地点のまわりで生じるという仮定です。実際には足部を一つのセグメントとすると足関節のトルクは下腿と足部とをつなぐ足関節で生じ、足部と地面とは単純に接触しているだけです。その接触点ではトルクを生じさせることはできません。この点のことをブコブラトビッチらは不可制御自由度(unconttolable degrees of freedom)と呼びました。これは、その点のまわりのセグメントの運動をその点のまわりのトルクで制御できないという意味です。この不可制御自由度の存在こそ、歩行の力学的な不安定性を理論的に表し、歩行制御の難しさの原因の一つと考えられています。


 実際には、足部は地面と接触するため、足部が地面から受ける反力を合成した力の作用点として、その点を定義することもでき、ゼロモーメントポイント(ZMP)と呼ばれることもあります。身体を構成するセグメントの全てをあらかじめ計画しても、ZMPの運動は地面との相互作用によって初めて決定されるので、完全にフィードフォワード制御することはできません。しかも、ZMPの運動が系全体の安定性を決めてしまいます。このことは、リアルタイムにこの自由度の動きを監視しながら、他の関節の自由度の動きによって、ZMPの動きを補償しなければならないことを意味しています。この問題を解決するために、人の脳神経系がどのように伝統的な制御理論を用いているとは考えにくいでしょう。とすれば、この負荷制御自由度をもったグローバルエントレインメントによる歩行生成を示す必要があります。


 そこで、足部を3つのセグメント、それに上体と腰部のセグメントを加えて計8個のセグメントの骨格筋系にモデルを拡張、さらに神経系のモデルを加えるシミュレーションを行いました。神経系のモデルには、ZMPと身体の重心を結ぶベクトルの向きが知覚情報を元に感知できると仮定しました。また、CPGとは別に屈筋と伸筋の同時活動における姿勢維持を担う「姿勢制御系」を仮定しました。姿勢制御系は「インピーダンス制御」と呼ばれ、関節の粘弾性を状況に応じて変化させます。


 このようなモデルでもグローバルエントレインメントによる安定な歩行を生成できることが明らかになりました。このモデルの特徴は、関節角度、関節トルク、床反力、筋活動パターンなど実際の人の歩行計測で得られるほとんどの量と、シミュレーション結果とを比較できます。また、逆ダイナミクス法をもちいて、実際に計測した関節角度や生じたトルクを推定することができ、神経系がなんらかの方法でこのトルクを作ったと仮定すれば、歩行が原理的に再現できることには論理的に不思議がないことがわかります。しかし、ここで、そうした関数計算をすることなく、神経振動子を基本とした神経回網を基本として、人の歩行がいわば自己組織的に生成できることがわかりました。


 もた、歩行に外乱を加えたり、路面を変化させるというような、ある範囲の不確定な環境の変化に対して、自律的に安定な歩行を生成することもわかりました。


 次回は、歩行のゆらぎについて、ご紹介いたします。

10)歩行とランのパターン、エネルギー消費について

■脳と身体のダイナミクス
10)歩行とランのパターン、エネルギー消費について
 
人は「歩く」と「走る」という異なる運動パターンを持っていますが、どのように使い分けているのでしょうか。
  
要因の一つとしては、エネルギー効率の問題があります。
実際にヒトで歩行とランの単位時間・単位距離あたりの酸素摂取量を計測し比較すると、ある移動速度を超えると歩行の方がランよりより多くのエネルギーを消費することが知られています。
つまり、ある速度超えると歩くより、走る方が楽というわけです。感覚的にもマッチしていると思います。
  
 
ネコ、イヌ、ウマなどの四足歩行動物には、速度に応じてウォーク、トロッと、ギャロップという異なるパターンが知られています。
 
ホイトとテーラー(Hoyt & Taylor,1981)は、競走馬に酸素摂取量を計測するためのマスクをつけてトレッドミル上で歩いたり走ったりできるように調教しました。
 
このとき、トレッドミルの速度を色々変えて運動させるとき、速度に合わせてウマが自由に運動パターンを選ぶのではなく、調教者によって運動パターンを選択させました。
つまり、遅い速度から速い速度まで同一の運動パターンを指示し、馬が決められた運動パターンのみで走行したというわけです。
 
結果、速度による単位時間あたりの酸素摂取消費量のプロットから、ウォーク、トロット、ギャロップの三種類のパターンにそれぞれある速度で最小値をもつように美しい曲線になることを発見しました。
 
もちろん、単位時間あたりの酸素消費量は速度にほぼ比例して大きくなりますが、それを距離で規格化すると、その最小値は三種類どの運動パターンをとってもあまり変わらないことが分かりました。
さらに、自然な状態でウマが運動しているとき、どのパターンをとっているか観察したところ、三種類のそれぞれのエネルギーが最小値のところで動いていることが多いことも明らかになりました。
 
これらの実験は、運動パターンがエネルギー最小の原理に基づいて生成されていることを示しています。
生物がある運動の目的を達成するときに、無数にある運動奇跡の中から特定の運動軌跡を選ぶために、エネルギー量の最適化を行っているかもしれません。
あるいは、運動を制御する神経系が何らかの最適化計算を実行している可能性を示唆しているようにも見えます。
 
ここで、多賀氏は基本的な運動パターンの生成は、まず脳神経系や身体の非線形力学によって決定するのではないかと考えていました。
例えば、ヒトの場合、歩行と走行の違いは、主に身体の動力学がもっている振り子とバネの性質の違いを反映し、そして運動の速度に応じてどちらの性質が利用されるかは、そのダイナミクス自体によって自然に決まるもので、エネルギー最適化によってどちらが選ばれているわけではないと考えました。
 
非常に早い速度の時は単に歩行は不可能になってしまい、走行パターンが自然に生じるということです。
 
パターンの選択がおこるとすれば、どのパターンも可能な相移転の周りだと考えられます。そのときは、エネルギー効率がよりよい方のパターンを選択する機構が働いてしかるべきです。
 
したがって、多様な運動パターンの生成は、脳神経と身体の相互作用の結果として自己組織的に生じる可能性が高いわけです。
 
もし、ある特定のパターンの運動を繰り返しする場合には、できるだけエネルギー効率のよいようにその運動を洗練したり、同じ目的のためにはどちらの運動パターンでもよいときには、楽な方を選ぶということが起こるに違いありません。
このことは実体験でも納得のいく話だと思います。
 
次回は、不可制御自由度とゼロモーメントポイントについて紹介します。

9)受動歩行

■脳と身体のダイナミクス
9)受動歩行


動力のないカタカタと斜面を歩くおもちゃが昔からよく知られています。こうした力学的な機構自体が歩行の本質であるという考え方があります。これは受動歩行と呼ばれています。

McGeer,1990は動力なしの単純化した二足歩行のモデルで、下り斜面での歩行が安定なリミットサイクルになることを示しました。


骨格筋系には固有の振動モードがあり、実際の歩行とのあいだには強い相関関係があります。脚の短い子供の歩行テンポが速く、身長の大きな大人がゆっくり歩くというのは、経験的・直感的にも明らかです。


こうした受動歩行では、骨格筋系の振り子としての特徴以外にも、バネ弾性の特徴も運動生成に寄与しています。筋肉と腱の複合体には受動的な弾性があり、ジャンプしたりランの接地時には重要な働きをします。

 

ランニングはジャンプの連続動作なので、この受動弾性が重要です。力学的なエネルギー変換を考えると、位置エネルギー、運動エネルギー、弾性エネルギーをうまく変換することで効率的な走行を実現しています。

 

身体自体が振り子やバネとしての特性をもつことは、脳神経系と身体環境系のグローバルエントレインメントを実現するための必要条件です。

 

また、振り子やバネは非線形振動子にもとらえることができます。脳神経系も身体も非線形振動子から構成されていると考えれば、グローバルエントレインメントが起こるのは、ごく自然なことです。

 

次回は歩行とランの運動パターンの分岐について紹介します。

8)歩行生成の原理

■脳と身体のダイナミクス
8)歩行生成の原理
 
環境の変化に対する著しい適応性と柔軟性は、グローバルエントレインメントという原理によって保証されています。つまり、歩行に関連した自発的な活動パターン生成する能力を持った神経系が環境と物理的相互作用をしながら動く身体と相互作用した結果として歩行運動が生成します。
神経系のCPGが身体の運動を文字通り制御しているわけではないと言う点で、この原理は根本的に従来の制御の原理と異なります。
 
例えば、実際に歩いているときのCPGの活動と全く同じパラメーターで知覚情報の入力がない偽歩行のときの活動と比較してみると、振動数も神経振動子同士の位相関係なども大きく変化していることがわかります。
つまり、神経系が身体を引き込もうとするのと同時に、身体も神経系を引き込もうとするのです。
そうして、相互作用の結果生じた運動は、神経系と身体とは独立に動くと仮定した場合とは質的に異なる状態にあることが分かりました。
 
これを一般化すると、神経系=制御系、身体=非制御系、環境=外乱と言うサイバネティックスの基本的な枠組みはもはや成立しないことがいえます。
 
脳神経系と身体環境系とを合わせた系を1つの力学形とみなすと、歩行の安定性は単純に説明できます。 
力学系がN個の変数からなるとします。N個のうちM個の変数が神経系をあらわす変数uで、残りのN-M個の変数が身体を表す変数φで表されるとします。ある時間の系全体の状態は、N次元空間の一点で表されるため、神経系と身体の状態が同時に変化すると、系全体の状態変化は、N次元空間の一点の運動の軌跡として表現されます。
「定常歩行」、つまり一定のリズムと歩調で歩く状態は、N次元空間での閉じた軌跡に対応します。この軌跡は「リミットサイクル」と呼ばれています。
 
軌跡が乱れて「リミットサイクル」から外れてしまった場合に、もとの軌跡に自発的に戻る性質がある場合には「リミットサイクルアトラクター」と呼ばれます。
外部からの力を加えて一時的に運動を乱しても倒れないのが安定な歩行であるので、安定な歩行は力学系の「リミットサイクルアトラクター」の「軌道安定性」として説明できます。
 
一方、「リミットサイクルアトラクター」には「構造安定化」という性質がありパラメータを少々変化させても、運動に質的な変化は生じません。ただ、量的な変化は生じるので、くだり坂で速く歩いたり、重りを持つとゆっくり歩いたりする現象を説明できます。
 
また、「リミットサイクルアトラクター」の安定性には限界があります。大きな外乱を加えたりすれば、軌道がアトラクターの外へ飛び出してしまうため、もはやもとの歩行を生成することはできずに倒れてしまいます。
 
しかし、別の安定なアトラクターがある場合には別の運動パターンへと変化することができます。
 
したがって、アトラクターの安定性は強すぎても弱すぎても問題が発生します。
ちょっと押したぐらいで倒れては困りますし、どんなに強い力で押されても一定のスピードで歩き続けるようなことは、普通の人間では起きることはないでしょう。
 
次回は、受動歩行について紹介します。

7)歩行モデルの構築と問題

■脳と身体のダイナミクス
7)歩行モデルの構築と問題


ヒトの二足歩行に関するモデルとして、脳神経、身体、環境がそれぞれ複雑なダイナミクスをもち、それらのあいだの相互作用から環境の変動に安定で柔軟な運動、つまり自己組織的に運動が発現する制御原理を多賀氏(1991)が提唱しました。

 

このモデルは歩行の生成を担う脳神経系が多数の神経振動子から構成されるものです。多くの脊椎動物では脊髄に周期的な運動パターンを作るCPG(central pattern generator)と呼ばれる神経回路が存在しています。そして、一個の神経振動子は一個の関節の周期運動を担っています。さらに、適切な結合を神経振動子のあいだに仮定して、全体の歩行パターンをおおよそ決定すると仮定しました。また、それそせれの神経振動子には一定の値の外部入力があると自律的に振動しますが、入力が無い場合は振動が止まってしまうと仮定しました。
この入力を定常入力と呼び、全ての神経振動子に定常入力が与えられると、CPG全体が振動状態になります。

 

この歩行モデルによって、神経振動子の結合系を基本として、安定的な歩行の生成が初めて明らかになりました。そして、このモデルから身体自体の構造とダイナミクスが運動の生成に非常に重要な役割を果たしていることを再認識するに至ります。

 

しかし、最も重要で興味深い問題が待っています。
通常のロボットは想定される限りのあらゆる状況をあらかじめ入力されているので、ロボットの振る舞いは設計者の意図を超えることはありません。あるいはエラーとなって制御が破綻します。


ところが、このモデルでは運動が自己組織的な過程の結果として生じているので、実際にはどのような性質をもっているのか詳しく調べてみないとわかりません。

 

次回は、歩行生成の原理について紹介いたします。

6)生体は環境への不確定性にどう対応しているのか

■脳と身体のダイナミクス
6)生体は環境への不確定性にどう対応しているのか

 

ひとの二足歩行では、自己の身体の不安定という問題に加え、環境変化の不確定性に直面します。これを解決するために、脳、身体。環境がリズムの引き込みを通じて強結合するという非線形力学の動作原理が働いています。

 

われわれをとりまく環境は多様であり、われわれが移動することによって刻々と変化します。道は平坦でなく、坂、ぬかるみ、階段、砂浜、雪など常に変化しています。つまり、われわれにとって環境とは不確定性を含んでいます。つまりすべての瞬間に自分をとりまく環境がすべて既知であるということは原理的にあり得ないということです。それでは、私たちはどのようにしてこのような不確定性の中で柔軟な行動ができるのでしょうか。

 

一つ目の考えが、様々な状況を学習した結果、予測が可能となり様々な状況に対応できるようになる、というものです。これは当然のことであるし、どの生物もこうした側面をもっていると考えられます。ロボットに対しても、可能な限りあらゆる環境の変化への対応を作り込み、予測の範囲外のできごとについてはAIなど学習機能を加えることで対応しようとするでしょう。
しかし、この考えは「やったことがない」ことに関しては対応ができない。われわれはやっことのない状況においても、リアルタイムで対応してゆく必要があり、そのたびに学習が必要であれば生きてゆくことは到底不可能です。

 

二つ目の考え方は、ギブソンによって提唱されたアフォーダンスという考え方です。環境は直接認知され、階段には階段に対応した歩行を、坂道には坂道に対応した歩行をアフォードします。アフォーダンス理論は、生態側に経験に基づいて構築された環境の表情があることを前提として考えられていた一つ目の考え方と全く別の見解を示しました。


これらの考え方は、ただそれが単なる見方ではなく、システムの動作原理や設計原理に寄与できるかどうかが問わなければなりません。

 

次回は、脳神経系のダイナミクス、身体と環境の複雑さとダイナミクスを踏まえ、著しい柔軟性や適応性をもった運動生成の機構に構成的なアプローチからご紹介します。

複雑系と身体運動。例えばランニングの部分と全体、客観性と主観性

身体運動・スポーツは複雑系の一種です。

このことはエネルギーの出入りがあり非線形な運動形態であること、部分の機能が合わさって全体の性質が新たに創発されていることなどから明らかです。

複雑系とは無理やり一言でいえば「全体は部分の総和以上の系」と説明ができます。

創発とは「部分の性質の単純な総和にとどまらない特性が、全体として現れること」です。分かりやすい例で言えば、蜂が精工なハチの巣をつくったり、外敵から集団でたまごを守ろうとする組織的行動は、部分である蜂一匹一匹の機能を調べても分からないということです。

もっと簡単に言えば、人間を細かく調べていけばいくほど、本来の人間から遠ざかっていくということです。人間は細胞でできている、細胞は分子でできている、分子は原子でできている、原子は原子核と電子でできている。原子核中性子と陽子でできている。中性子・陽子はクォークでできている。クォークはエネルギーの振動でできている。。。 人間、遠い。。

そんな複雑系であるはずの身体運動は、大学レベルのバイオメカニクスの研究論文を読むとほとんどが古典力学系の微分方程式で記述されています。古典力学微分方程式はPCで簡単にシミュレーションが可能なため、人の動きを解析するには手軽なツールなのは確かです。一流選手のバイオメカニクスデータを二次元のスティックピクチャに変換し、各関節のモーメントや角速度を解析することで、一般選手との比較をするという手法は良く見受けられます。

例えば、一流選手と一般選手の股関節伸展速度と疾走速度の関係の文献があります。多くの研究者が発表しておりポピュラーな内容です。だいたいが股関節伸展速度と疾走速度は相関関係があるので、これらに関与する筋群を鍛えましょう的な内容です。

この文献を読んだ大抵の人はこう思うでしょう「なるほど、一流選手の股関節伸展角速度は一般選手より速いんだ。股関節伸展筋を鍛えたらいいんだ! 」です。

股関節伸展に関与する筋群はハムストリングス・大殿筋群・内転筋などです。中でもハムストリングスを鍛える選手が多かった1990年代はレッグカールが流行りました。レッグカールってそもそも膝関節屈運動だから、股関節伸展運動になってないじゃん!というつっこみはさておいて。

しかし、あまり速くなりませんでした。正確に言えば、加速区間では膝の屈曲トルクが高いほど加速が良いという文献もあり、一部の選手は加速区間の加速度向上は果たせたようです。

それで、次にハムストリングス以外の股関節筋群と疾走速度の関係を研究しました。調べた結果「疾走速度は、ハムストリングス断面積より内転筋群断面積に強い相関関係がある」ことが分かりました。

言うまでもなく、人々は内転筋群を鍛え始めました。そして、速くなった選手もいれば、何も変わらない選手もいました。そもそも、速くなった選手は本当に内転筋群を鍛えたから・使えるようになったから、速くなったと言い切るのは難しい話ですが。。。

つまり、バイオメカニクスなどによって動きの解析がなされ、どの筋群を発達させ使えるようになれば良いかが分かっても、速くなる選手もいれば、変わらない選手もいるということです。もっと身近な例を言えば、ウエイトして速くなる人もいれば、ウエイトをすると全然走れなく人もいるということです。

一流選手の動きを解析する技術は年々向上し、どのような動きをしているのか、詳細に分かってきています。しかし、これらの動きをただマネしてもダメですよ、ということが分かってきたのも事実です。そして、気が付くわけです。一流選手はそのような動きをしようと意識しているわけでなく、結果的にそのように動いていただけだと。

主観と客観の違いに気が付いたわけです。

股関節伸展速度が速い一流選手は、股関節伸展に関しては何も意識しておらず、むしろ腿を後ろから素早く前に持ってゆく「前への意識」の方が強いという主観的事実が明らかにされてきたわけです。すべての一流選手がその意識とは言えませんが、少なくとも脚の後方スイングを強く意識している選手は少ないという事実です。

また、これは有名な話ですが、カール・ルイスの指導者トム・テレツ氏は踏みつける意識が大切だとも言っていました。日本では、缶を踏み潰すイメージだと指導される方もいます。

人間はたくさんのことを同時に意識して身体を動かすことはできません。腕はこう、あたまはこう、おなかはこう、背中はこう、ひざは、足首は。。。 一流選手の動きがそうなっているからと言って、まったく同じ動きをするためにあちこち意識して走ることなんて不可能です。

そのために分習法があるじゃないか。動きを抽出してその動きを繰り返すスプリントドリルと呼ばれているものです。ここではスプリントドリルのことは細かく言及しませんが、冒頭で記述したとおり身体運動が複雑系である限り、文習法で習得したそれぞれの動きを合わせても全体以上にはならない、つまり各ドリルの動きから全体を創発しなければ、走りに生かすことは難しいわけです。ドリルは上手だけど、走り出したらそれらが生かされていない選手は時々見受けられますが、まさにこのことを体現していますね。概してまじめな子に多い気がします。

話を戻します。

客観的な事実と選手の主観は異なる、ということが分かってきたおかげで、やみくもにバイオメカニクスのデータを鵜呑みにできなくなりました。

つまり、一流選手の動きをマネすることより、一流選手のような動きを導くためにはどんな意識をもつことが大切なのかが大切だと分かってきました。そのうえで、結果的に股関節伸展速度が高まったり、内転筋群の筋断面積が増えたり、一流選手の動きや身体的特徴に近づいていくことが望ましいプロセスだと思います。

では、身体運動の解析と身体意識の解析を融合させることはできるのでしょうか?

意識と動きの相関的評価は可能なのでしょうか?

ぼくは、その可能性のひとつにアトラクタ―とフラクチュエーターの考え方が重要であると考えています。

また、意識の方向をインターナルフォーカスからエクスターナルフォーカスへの転換による、身体運動の自己組織化の促進にあると思います。